モフモフになれたら

本と映画と仕事と考えたこと

楽園での出来事を私は忘れない

先日、もっとも幸せな場所、いわゆる楽園でもっとも辛い場面に出くわしました。

雪景色の温泉で、すべって頭をぶつけた人を見た?
ディズニーランドで、別れ話をしているカップルを見た?
結婚式場で、花嫁を奪われる花婿を見た?

ちがうちがう。甘い、甘過ぎる。そんなレベルじゃない。と言いたかったけど、最後のは結構エグいわ。自分で言っといてなんだけど、さすがに、それは超えられないわ。結婚式で略奪愛はきついわ。

まぁでも結婚式場は幸せな場所ではないからね。墓場だあそこは。鬼太郎の生まれ故郷だ。


もっとも幸せな場所とはどこか。万人が幸せを手に入れられる楽園とは。
お菓子の家とか非現実的な場所でなく、千疋屋の食べ放題会場とかウユニ塩湖とか、なかなか行けない場所でもない。

誰にでも開かれていて、気軽に幸せな気分に浸れる場所・・・・と言えば、ひとつしかありません。

そう、個室ビデオですね。


その日も私は意気揚々と、そして優雅に紳士的に個室ビデオに入店しました。
久しぶりの来訪。2ヵ月ぶりくらい。やはりここが一番落ち着く。
人々は善意に満ちた笑みを浮かべており、野原には花が咲き乱れ、夜空には星の雨が降る、そんな楽園に見える。


私も独身の頃、なんでこんな業態が存在するのか不思議でならなかった。アホかと思ってた。
TSUTAYAで借りれば5本1000円で一週間自宅でじっくり楽しめるのに、なんでわざわざよそで、しかも90分1000円なんて縛りのなかで楽しまなくちゃならないのか。大のオトナがあんな狭い空間でいそいそと自分の欲望を満たしているなんて、なんて汚らわしい、あぁやだやだ、お紅茶とおケーキでも頂きましょ、おほほ、と思っていました。

あれから2年。私は個室ビデオのヘビーユーザーに成り下がりました。いや、成り上がったのかもしれない。


なぜ人は個室ビデオに行くのか。
理由は一つしかありません。

真実の愛を求めてです。


いや、うそです。本当は家に邪魔者がいるからです。邪魔者と言うとちょっと悪意が混じるので、インタセプターとか覇権者とかジャイアンとか言い換えても良ろしかろう。

うちの場合は、奥さんが私の生き甲斐を阻止しようとしてきます。何度説明しても、私の高尚な趣味に理解を示してくれませんでした。

私が数千万円のローンを組んで購入した3LDKのマンションなのに、私の心を癒せる場所はそこにはありません。会社では無理難題を押し付けられ、移動中は満員電車に押しつぶされ、家では小言と愚痴を聞かされる。私のストレスを一掃してくれるあの時間がどこにもない日々。どうしようか途方にくれていた時に優しく手を差し伸べてくれたのが個室ビデオ、その人でした。

おそらく、個室ビデオに出入りしている悲哀の紳士たちはみな同じような状況だろう。家でAVを見る場所も時間も与えられず、風俗に行くお金もない、妻を抱く元気もない。1000円でさくっと抜いて明日へ立ち向かう勇気を賦活したい、そんな可憐な想いを抱いて個室ビデオに通っているのだ。涙が出そうだ。みんな、泣いてええんやで。

で、そんな現代のオアシス、楽園で宝物、いわゆるONE PIECEを探していた時のこと。レジで会計をしようとしている一人の紳士が店員と揉めているのが目に入りました。


店員「15分延長となりましたので+500円となります」
紳士「え・・・延長!? ご、ごひゃくえん!?」
店員「はい、500円となります。」
紳士「ありません・・・・」
店員「はい?」
紳士「ありません!」

店員「500円がー…」
紳士「ありません!」
店員「それでは本部の方と繋ぎますので少々その場でお待ちください」
紳士「はい!」

その後、その紳士はどこかに連れ去られました。たぶん今頃、奴隷市で競りにかけられていると思います。

彼の人生に思いを馳せずにはいられない。おそらく、会社では嫌な上役に怒鳴られ、家に帰れば妻から嫌味を言われ、キャバクラに行ってもちゃんねーは口説けなくて、風俗に行く金もない、そんな何もかも上手くいかない時に、なけなしの1000円札を握りしめて、このオアシスに入ったに違いない。もう財布には1000円しかない。グッズも使えない。帰りにコーヒーも飲めない。そんながけっぷちの状況下、きっと、我を忘れて高千穂すずの10頭身ボディに見とれていてたのでしょう。(カゴに入っていたから間違いない)

さぞ幸せな時間だったに違いない。90分ぽっきりだと入店した時には意識していたんだと思うけど、日常と楽園のあまりの落差に時間を忘れてしまったのだ。無理もない。果てた後、急いで受付に駆け込んだが、時すでに遅し。15分延長料金500円。

確かに傍から見たら、辛い出来事だ。第三者が見ていて、これほど心を惑わされる場面に出会うことはそうない。(個室ビデオにいる同志ということでシンクロ率が高まっているせいもある)でも、彼の姿を見てみると、本当は辛いことばかりではなかったのかもしれないと思えてくる。

彼はこの出来事に打ち克ったのだから。

彼の眼には一点の曇りもなかった。

彼の返答には一瞬の迷いもなかった。


これで破滅したら、もう仕方ないよね、という諦念を超えた、ある種の達成感を宿していた。



ここで人生を終えるために今まで生きてきたのだ、という野心が透けて見えた。



その背中に一切の逃げ傷なし。

想像してみて欲しい。


会社でも家でも邪険に扱われ、財布には1000円しかお金がない。
自らの過ちで15分延長による過金を請け、警察に突き出されるかもしれない。
彼を待ち受けている未来は腐敗臭が瀰漫する奴隷市だ。


そんな状況下での、あの「はい!」。
一点の曇りもない「はい!」
一瞬の迷いも焦りも衒いもない心からの「(500円が)ありません!」


そんな返答が私に出来るだろうか、いや出来まい。
そんな状況になったら、恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして卑屈な笑みを浮かべながら土下座しておしっこ漏らします。

彼には人間として生きる勇気を教わった気がする。
どんなときにも自分を恥じることなく生命を全うする勇気を。

明日の今頃彼は、ご主人様に鞭打ちされながら、100Kgの荷馬車を引いて300Kmの荒野を移動するに違いない。それでも、あの屈辱に打ち克った、あの眼差しとあの心意気を忘れないでいて欲しいと願う。