モフモフになれたら

本と映画と仕事と考えたこと

「重版出来!」の暴力性

重版出来!」というドラマがあります。毎週火曜日22時からTBS系列で放送されています。柔道のオリンピック日本代表を目指していた女性がケガで夢を諦め、編集者という仕事に新たな夢を見出すスポ根働きマン系ドラマです。(元々は漫画ですが)

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そのドラマの主人公、黒沢心という人物が非常に曲者なのです。曲者と言っても、封神演義太公望とか長嶋ジャイアンツ時代の元木とか、そういう類の曲者じゃなくて。曲がっていなすぎるところが、逆説的に曲者なのです。

 

端的に言うと、黒沢心は先輩が思い描く後輩の理想像、そのものなのです。

 

不器用だけど、どんなことにも全力で一生懸命。

先輩のアドバイスは素直に頷く。

新入社員なのに徹夜も厭わない。

自分でもちゃんと考えて自分の意見を言い結果を出す。

先輩の命令にはどんな理不尽なことでも従う。(先輩「腕立てしてみろ!」心「はい!」みたいな)

飯もモリモリ食う。

 

分かる。分かるよ。たしかに、こんな後輩がいたら可愛い。可愛くてしょうがない。なんでも教えたくなっちゃう。おじさん、毎日ランチご馳走しちゃう。

 

でも。でもだよ。実際にはこんな人間いないんだよ。

 

新入社員と言っても、もう22〜23年間、生きてきた生身の人間なんですよ。そこには今までの辛い経験や、ゆずれないこだわりや、ガッチガチの先入観や、隠したいプライドがあるんだよ。それがないと小中高大の中でぐちゃぐちゃに絡み合った人間関係を生き抜いてこれるわけがないんだから。

 

たしかに社会人の先輩は、後輩に真っ白なキャンパスのような心を求めてしまう。私だってそうだ。真綿のように素直に物事の進め方や会社のルールを吸収して欲しいと願ってしまう。

 

でも、それは無理だよ。彼らはもう自分のキャンパスに色とりどりの風景や自画像を描き始めている。もちろん、完成はしていない。というか完成することはない。でも、今から、全き新しい絵を書かせることは無理だ。彼らのキャンパスを破り捨てる権利なんて誰にもない。

 

私は、このドラマの中で、大人達が黒沢心を真っ白なキャンパスとして描いていることが、とても恐ろしい。

 

こんなに素直で、真っ直ぐで、純粋で、力強い新入社員を描くと、実際の新入社員を目にした時にわれわれ視聴者は「なんでこいつはこんなに可愛くないんだ」「素直じゃねぇな、俺の話を聞けよ」と思ってしまわないか?

 

新入社員は「なんで私はこんなにダメなんだろう」と思ってしまわないか?私はそれが怖いのだ。

 

ドラマと現実を一緒にするわけない?

 

ならそれで良いんだけど。

あとは個人的な話になる。

 

というのも、この黒沢心って、去年うちの部に入った新入社員にすごく挙動が似ているのです。「わたし体育会なんで!」とニコニコしながら、なんでも元気にこなしていたあの子。「何事も経験です!」と明るく振舞っていた彼女。或る日突然、会社に来れなくなってしまった。なんの連絡もないまま。なんの原因も分からないまま。

 

わたしは彼女を救うことができなかった。素直ないい子だと思っていた。でも、彼女のこころはある日ぽっきり折れてしまった。そのことをまだ悔やんでいる。たぶん一生。

 

「自分の好きなように振舞って良いんだよ」となぜ言ってあげることができなかったのだろう。

 

先輩や上司の言うことに「はい!わかりました!いつもご指導、ありがとうございます」とは建前では言うけれども、新入社員だって、心の底では「うるせーな、このすかたんが!」と思っていて良いと私は思う。

 

ニコニコしている裏側では「いつか見てろよ、このアホども、ぜってー、俺(私)の方が優秀だからな」と虎視眈々と下克上を狙っていて然るべきと私は思う。そんなにギラギラしていなくても「何くだらないことで熱くなっているのかしら、私の方が幸せだもんねー、べー」でも良い。

 

というか、私がそうだった。どんなに会社のルールで今の自分を否定されても、どんなに学生までの常識が社会の常識とは違っていても「自分が大学までに経験した知見や勉強した学問」は必ず生きる力の根幹であり、間違っていないと信じていた。自分が23年間蓄積した、この価値観を絶対に手放すものかというプライドだけは持っていた。

だって、そうじゃないと今までお世話になった両親、友達、先生に申し訳が立たないから。彼らに恥ずかしくて顔向け出来ないから。今まで出会った人たちのお陰で、今の自分があって、こうやって生きてこれて、それが全く通用しない、すべて捨てて真っ白にならなくてはならない、なんてことは絶対にありえない。今のままの自分で良いに決まっているのだ。

 

そういう思いで社会人をやって8年目。それが良かったか悪かったかは分からないけど、それしか出来なかった。それでいま、こうやって毎日楽しく仕事をしています。(家庭は辛い。泣きたい。)

 

もし、「重版出来!」を見て落ち込んでいる新入社員がいたら、「気にしないでね」と言いたい。あれはフィクションだから。あんな人間いないから。

 

きみはきみでいい。

自分の好きなように振舞っていいんだよ。

 あの日のきみに届けば良いのに。