It's a wonderful world 『教団X』 / 中村文則
毎回、同じ事を言っているようですが、毎回異なる感動に突き動かされています。
凄まじい本です。しばらく他の小説を読みたくなくなるほど。
ただ一つ残念なのはアメトーク 読書芸人効果で売れ過ぎてしまったこと。お陰でamazonのレビューは荒れ放題です。中村文則の本は万人ウケする本ではありません。世の中に阻害された様な気がして、自分がうまく生きられない悲しみに打ちひしがれたことがある人にしか意味がわからない本です。この世界の成り立ちが不安で夜眠れなくなったことがない?自分の存在が誰にも認められず死んでしまいたいと思ったことがない?世界の理不尽さと自分の恵まれた環境に怒りを覚えたことがない?なら、この本は読まないほうが良い。ストーリー展開が狭いとか、性描写が気持ち悪いとか、そんな人はエンターテインメント小説を読めば良い。
この本のテーマは宗教論、仏教の思想、キリスト教の思想、脳科学、意識論、靖国問題、戦争責任論、世界システム論、貧困問題、南北問題、量子論、存在論。エロスから人間という存在のあり方まで取り上げる大スペクタルです。
確かにテーマが拡散し過ぎて、議論が深掘り出来ていない箇所はあります。でも、それは仕方がない。だってそもそも答えなんてないテーマを取り上げているのだから。
おそらく中村文則にとって、そんなことはどうでも良い。答えを出すことになんの興味もない。この本はただひたすら人生を肯定し、命を賛美する物語です。
人間という不完全な生き物への憤り、人と生きる苦しみ、情欲に突き動かされるバカバカしさ、そんなことは全て承知である。
それでも、この世界がこうやって存在していること。あの人を愛し、目の前の人の体に触れ、美味しい食べ物に出会うことが出来るこの生への驚きと感謝。ただ、それだけなのだと思う。それだけを言いたいために中村文則は本を書いている。中村文則だけじゃない。私だって、そのために生きて、会社に行って働いて、家族を養って、ご飯を食べて、音楽を聴いて過ごしている。
どれもこの世界が果てしなく素晴らしすぎるから、それに驚き、恐怖し、感謝してもしきれないから僕は生きている。
ベースは無なのである。そして無であることを悲しみ、恐怖する感情を人間は持っている。だから人生は悲しみ、恐怖がベースとしてある。そう、人生は辛くて寂しくて悲しくて怖いのだ。
でも、何故か知らないが、この世界には何か素晴らしいことが存在する。存在しないかもしれなかった。存在しないと言い切って世の中を呪って死ぬ人もいるだろう。でも、私やあなたは何か素晴らしい存在を知っている。それはセックスでも良い、オナニーでも良い、ご飯を食べることでも、友達と遊ぶことでも、知らない人と目が会うことでも、雨のリズムがグルーヴに聴こえることでも、季節の変わり目に切ない気持ちになることでも、また明日って挨拶できる人がそばにいることでも良い。どれも、素晴らしい奇跡なのだ。奇跡としか言いようがない。だって、私と一緒にこの世界を生きてくれる存在がなければならない蓋然性なんて何もないんだから。全ては無だったのだから。本来、無なのだから。
この世界は素晴らしい。ただ無条件に素晴らしい。無条件に素晴らしいこの世界をもう少しだけ素晴らしくしたい、そう思うことも素晴らしい。
まだまだやれることがあります。中村文則の本はそう語りかけてくれます。共に生きましょう。
It's a wonderful world.