モフモフになれたら

本と映画と仕事と考えたこと

ヘブンメイカー スタープレイヤー(2)/恒川光太郎

幻想世界の名手・恒川光太郎の最新作で、以前紹介したスタープレイヤーの続編です。

どんな願いでも10個だけ叶えることが出来るスタープレイヤー。今回は様々な登場人物の視点で、また様々な時系列の並びで物語が紡がれます。それぞれの物語がどう関連付けられてくるのか予想しながら読むと面白いです。

主人公が「完璧な世界観の中で初恋の人と幸せに暮らす」世界を創造しようと奮闘する場面があります。どんな願いでも叶えられるのですが、人の気持ちをコントロールすることは出来ません。出逢った街を再現し、二人で生活するのに必要な物資を揃え、悪い記憶を持っていない状態の初恋の人を呼び寄せても、気の迷いから生じたほんの少しの歪みが日を追うごとに、どんどん大きくなっていき、気が付けば二人の関係は修復不可能なまでに悪化してしまいます。これがまた切ない。どんなものでも手に入る、どんな知識でも頭に入れられるし、どんな経験でも体験できる、何十人の弟子を従え、神と崇められる存在にはなれても、愛する人と一緒に生きていくことだけは叶わなかった。弟子たちと同じようにこちらの手の内を全て隠し、確固とした上下関係だけを継続することなら、あるいはできたかもしれない。でも感情が許さない。愛とは孤独の解消を求めることだからだ。自分の弱さを受け入れてもらうことだからだ。こればっかりは本当にどうしようもない。あなたの好きな人があなたを受け入れてくれるかどうかは、努力の問題ではない、神の司る範疇でさえない。恋愛工学の言うとおり、単なる確率論なのかもしれない。いや、哲学者が言うように、他者理解なんて原理的に不可能なのかもしれない。でも、それがないと満たされないのだから、人生は悲劇なのです。(でも、この悲劇を嘆くところから物語が生まれ、文学が生まれ、絵画が生まれ、音楽が生まれるのです。)

この物語の舞台は、何の脈絡も、何の物理法則も、何の論理も関係ない地平でただある人の願いを叶えます。登場人物は「誰が何のためにどうやってるんだ。この世界はどこなんだ。何で俺たちはここにいるんだ」と勘繰る。でも、そんなの考えても無駄なのです。その世界は無根拠。そして、我々が生きるこの世界の無根拠性もそれと同一。

訳が分からないまま訳が分からない世界を生きなくてはならない我々。それなら、たった一縷の慰めに出会えるだけで十分な奇跡じゃないか、と思わせてくれる一冊です。一気読み必至!