モフモフになれたら

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怪盗キッドがあざ笑う本 『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』 / 楠木建

楠木建先生の本、2冊目です。

確かに読み物としては非常に面白い本です。500ページありますが、のめり込んで読めるので一週間の通勤時間で読めてしまいます。(片道1時間かかるんだから、そりゃ読めるか)


競争戦略論という経営学の一分野を扱っている割には、すごく読みやすい。いや、読みやす過ぎる。リーダビリティを優先しすぎて学問の厳格さが抜け落ちてしまっている気さえする。そうでないなら競争戦略論ってこんなヤワヤワな学問なの?と思えてしまう。


内容について触れます。


この本の主題は一言で言うと「競争戦略はベストプラクティスの項目で並べるのでなく、それぞれの打ち手を因果論理でつなげるストーリーでなくてはならない」というものです。


つまり、「人材の育成」「原価低減」「研究開発の強化」とかバラバラの打ち手を採用するのではなく、「まずは優秀な研究員を⚪️⚪️から雇って、彼と⚪️⚪️大学が提携している技術を組み合わせれば、原価低減が実現し、結果的に利益が大きくなる」というような物語を語れと。

まずは競争戦略の定義から。

P109 競争戦略の第一の本質は「他者との違いを作ること」です。

なるほど。全く同じでは顧客から選ばれません。違うから顧客から選ばれて継続的な利益が出せるわけですね。


次は違いの種類について。

P113 シェフのレシピに注目するのがポジショニング(SP:Strategic Positioning)の戦略論です。中略、厨房の中に注目するのが組織能力(OC:Organizational Capability)2注目した戦略で、これをOCの戦略と呼びます。

ここからの議論が非常に怪しい。

P126 OCの戦略論の起源は、経営資源という観点からその企業に固有の強みや弱みを考える資源ベースの企業観という理論にあります。経営資源とは、企業に蓄積・保有されているヒト、モノ、カネ、情報、知識といった企業活動に必要な要素の総称です。

SPというのは唯一無二のポジションを業界内に確立する戦略です。AppleWindowsGoogleなんかそうですね。代替品が存在しない。彼らはぶっちぎりの製品やサービスを持っていて、顧客にとってなくてはならない存在になっている。だから強い。


じゃあOCが高い企業はどこかというと、TOYOTAとかセブンイレブンが例に出てくるわけです。真新しいモノを発明したわけでもないし、新しいサービスを生み出しているわけでもない。彼らの成功はポジショニングではない何かに起因しているということです。その何かがOCという訳です。なぜ、TOYOTAセブンイレブンはOCが高いのか?この本がいうには「今まで蓄積してきた暗黙知」とか「経路依存性=組織ルーティンの積み重ね」とか「業務遂行熟練度の高さ」が要因である、と言います。ここが納得できない。そんな説明では「なんだかよくわからないけどうまくやってて強い」というのと同義です。


SP戦略論は非常にわかりやすいし、しっくりくる。でもOC戦略論ってOrganizational Capabilityという便利な言葉に隠れて、「つまりなんだかよくわからないよね」と言っているようなもんです。こんな議論が学問として認知されていることが驚きです。暗黙知だから明文化できない、経路依存性が高いから汎用性はない、熟練度は数値化できない、これで競争戦略の説明をしているとしたら、なんの説明もしていないのと同義だと私は思う。競争戦略の原因を突き止めるなんて不可能だと白旗をあげているようなものだと私は思う。


いやいや競争戦略ってのはそんな単純にスパッと割り切れるものじゃねぇんだよ、というなら名前を変えるべきだ。汎用性がなく、なんの定理も導き出せないなら、過去の事例をなぞることだけがこの学問の仕事になるわけで。だったら競争戦略史と名乗ればいいと思う。

P370 優れた戦略ストーリーの競争優位の本質は交互効果にあるので、一見してすぐにわかるような派手な構成要素は必ずしも含まれていません。

もうこれを言っちゃ、おしまいでしょ。交互効果というよくわからない術語に逃げているとしか思えない。Aの影響がBに届き、Bが変化したらAにも影響を及ぼす、その対象がAから何十種類も連なっているから、交互効果とは複雑系だと。複雑系なので、どうなるのかわからない、という訳です。これって学問なの?



そして一番納得が行かない事例がガリバーの戦略ストーリー。

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P403

ガリバーの競争戦略のクリティカルコア(文字通り致命的な核)は”買取専門会社になり、買い取ったものを全てオークションに流したこと”と説明している図です。そのことが、「展示場を持たない」「一括査定」「(技術や知識がいらないので)急速に店舗拡大可能」「在庫期間圧縮」などの施作につながり、長期利益が確保できると。これが因果論理で長く太く強く繋がる戦略ストーリーだと。



ちょっと待ってくれ。これ、合理的なロジックになっているか?




だって、競合は「買取もするけど、販売機能も持っている会社」ですよ。彼らは展示場をもち、一台一台査定し、需要を見つけたらオークションよりも高値で売れるのです。売れなければオークションにかけられるのはガリバーと一緒。



仮にオークション価格100円の車がありどの中間業者もマージン10円取る例を考えよう。オークションで100円で売れることはオープンな情報なので、どの会社もわかっている。ガリバーは本社一括査定でマージンを10円として、機械的に買取価格90円と査定するだろう。では販売機能を持っている中古会社A社はどうするか。オークションにおいて100円で売買されているなら、100円で仕入れた車はエンドユーザーに110円で売られているはずだ。A社はエンドユーザーへの販売110円を見越して、オーナーには買取価格100円を提示できる。仮に在庫で売れないリスクを鑑みても95円まで上げることができる。それでもマージン5円は確実に確保できるのだから。当然の帰結として車のオーナーは買取価格90円を提示しているガリバーではなく95〜100円を提示してくれているA社に車を売るだろう。中古の買取には高価格以外の付加価値なんて存在しないのだから。なので、ガリバーに売るオーナーはおらず、この事業はうまくいきませんでした、ちゃんちゃん。



というストーリーだって考えられる。買取専門に特化することは「買取台数の拡大」には繋がらない。成功したストーリーなんて所詮、後付けの因果関係なのだ。



この本には失敗例もいろいろと載っている。産業材のEコマースが壮大に失敗した話とか、フォードがトヨタ生産システムを導入できなかった話とか。産業材は購入機会も少なく、エンドユーザーも限られているのでメーカーとユーザーの直売形式が合理的というのは自明、とか。トヨタ生産システムはOCでこそ活かされるのでベストプラクティスだけ導入してもうまくいかないよ、とか。そういう説明がなされます。




そんなのも全部後付けなんですよね!




物事を考える上で全ての基本となる話なんですけど、因果関係ってあるでしょ。原因と結果の繋がり。ここから考え直してみよう。原因があるから結果がある、という風に思っている人が多いけど、よくよく考えてみると、本当は逆なんですよ。結果というか事象がまず目の前に現れる。それを説明するために、いくつかの過去の事象の中から都合の良い事象が選択される、それを原因にしよう、という形で。




ガリバーの例で言えば、ガリバーが成功したという事象がまず存在し、事後的に「買取専門に特化したから」と説明される。だってさっきも言った通り、買取専門だからダメという論理だって成り立つでしょ。でもそうはならなかった。なぜか?さぁ?知らん?オーナーが情弱ばっかりだったんじゃない?


(私は自分の車を今まで3台売ったことありますが、いつもガリバーがぶっちぎりで安かった。ラビットとかアップルの方が、「その車の個性」を見てくれて高値で買ってくれました。「この車は相場はこのくらいなんですけど、きちんとメンテナンスされているし、この地域では人気なのでプラスしておきます」という形で。ガリバーの一括査定は問答無用でした。話になりませんでした。まぁその話は横に置いておいて。)


原因から結果を見越すと無限の可能性が挙げられてしまうのだ。それこそ世の中は複雑系だから。もうわかんないの。我々にできることは結果を拾い上げて、時系列を辿って、都合の良い証拠を拾い上げていくことだけ。なんだかケチな探偵みたいですね。

怪盗はあざやかに獲物を盗み出す 創造的な芸術家だが、 探偵はその跡を見てなんくせつける ただの批評家に過ぎないんだぜ?

と言っていたのは怪盗キッドでした。かっくいー!


大学で専門的に経営学を勉強したことがないせいか、「競争戦略論ってこんなにふわっとした学問なの?」という驚きが強かったです。こんなになんでもありなロジックとも言えないロジックと「わかんない、すいません」という態度でまかり通っている学問って一体何なの?


この本を競争戦略史として歴史を見て楽しむ娯楽として読む分は良いけど、これを学んで抽象化して、将来に役立てようなんていう企ては全くの無意味だと私は思う。何度もいうけど、先に結果があって、原因は後から恣意的に採択されるんだから。原因をいくら集めても、次の成功には絶対に結びつかないよ。絶対に。



こんなバカバカしい学問があることに衝撃を受けつつも、楠木先生の文体は熱があって好きなので、まだまだ読もうと思います。意味ない意味ない言いながら、ハマっている私。