モフモフになれたら

本と映画と仕事と考えたこと

結婚式に出るたび思うこと

あまり友達は多くないので結婚式に出た回数は少ない方だと思います。
「最近回り結婚ラッシュでさー、金やべー」って困った顔しながら頭ぽりぽり掻きたいのに。
金がなくなるほど結婚式に呼ばれない。

まぁでも29歳にもなると2次会だけの参加とかもあわせると10回はお呼ばれしています。
最初の1、2回は感動することもあったのですが自分が結婚してからというもの「うん、まぁ結婚はドラマじゃないからね」としか思わなくなりました。ちなみに、私自身は結婚式を挙げていません。

色々見て思ったのですが、やっぱり結婚式は若くないと成立しないなと。ウィディングドレスが似合うとかそういう問題じゃなくて、あれは若者がやるための行事ですよ。
第二成人式みたいな。
どんなに若くても29歳までにして頂きたい。

だって新婦が両親への手紙で「43年間育ててくれてありがとうございました」って伝えても、感動はないですもんね。
「いや、なげーよ」としか思わないもんね。そんなに育てさすなよ。
「どんなに遅く帰ってきてもパパは心配して起きていてくれたね」って30歳の新婦が言っても
「いや、実家出ろよ」としか思わないもんね。パパじゃねぇよ。

20代には20代の30代には30代の両親への想いがあると思うのだけれども、結婚式が親からの独立を宣言する式だとすると、やはり20代には挙げて頂きたい。

それと「まだまだ未熟な二人ですが、誰よりも幸せな家庭を築いていきたいと思います。」とか言う言葉も全然しっくりこない。幸せとか関係ないからね。結婚とは。何の因果関係も相関関係もない。なまず地震くらい関係ない。エセ科学の世界。結婚して幸せになります、という宣言はなまず地震を起こしますという宣言と等しい。

冷静に考えろ。結婚はドラマじゃない。パカパカ―ンパカパカ―ンシャンシャンで幕が降りれば人生は最高だ。良いドラマだったね、だ。
でも違うのだ。悲しきかな、現実は残酷だ。パンパカパーンの後には、くっそ退屈で、ばかばかしくて、生臭くて、あほくせぇ生活がたんたんと続いていくのだ。

この生活の重さの前にはどんなに華麗で瀟洒な結婚式も霞んで消えてしまうであろう。

帰宅ラッシュのなか1時間掛けて帰って、
家の扉を締めれば鍵をかけ忘れて怒られ、
リビングに入れば廊下のドアが開いていると怒られ、
風呂から出れば足が濡れたままだと怒られ、
ベランダに出ればカーテンが開いていると怒られ、
音楽を聴けば夜中にうるさいと怒られ、
歯磨きをすれば洗面所が汚れるといって怒られ、
歩けば足音がうるさいと怒られ、
ベッドに入ればスペースを取り過ぎだと怒られる、
朝になれば一人でパンを食べて、
歯磨きして出掛ける、この繰り返し
これが生活だ。

相手から見れば、
家の鍵も締められねえし、
ドアも締められねえし、
足も拭けねぇし、
カーテンも閉められねぇし、
音楽も足音もうるさいし、
歯磨きも汚ねぇし、
寝るときはデカいし
とにかく不快な存在に違いない。

永遠に不快な他者と共存すること、それが結婚だ。それ以上でもそれ以下でもない。何でそんなことを始めるのに「結婚式」という儀式が必要なのか。それは幸せになるとみんなに宣言するためでも両親にお礼を言うためでもない。ましてや、両親や親せきの楽しみのためでもない。

自分自身に「これが生活だ、受け入れろ」と覚悟を促すため、それだけだ。
その覚悟のために「人生一度きりパーッとパーティしたい」というならそれでもいい。それで諦めがつくのなら。

でも、その覚悟がないやつらはまだ結婚式なんてしなくてよろしい。まずは1年間一緒に生活に立ち向かってみて、それでもまだ「一緒に幸せになります」とみんなに宣言するマインドが残っているなら、やろうじゃないか。

でも120%の人たちが生活というバケモノの前に「いや結婚はドラマじゃねぇな」と思い至ることでしょう。
このバケモノと戦う人が増えると、私は嬉しい。みんな一緒に頑張りましょう。今年も多くの人が結婚しますように。

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